vol.03 “水の世紀”を担う子供たちにこそ知ってもらいたい~普段目にすることのない“地下水の不思議”~ 東京大学 大学院新領域創成科学研究科環境システム学専攻 徳永 朋祥 先生

徳永 朋祥(とくなが ともちか)先生プロフィール:
1967年生まれ。東京大学理学部地質学教室卒業後、東京大学大学院理学系研究科地質学専攻修士課程修了。博士(工学)。ウィスコンシン大学客員研究員などを経て、現在は東京大学大学院新領域創成科学研究科環境システム学専攻准教授。

農業用水・工業用水だけじゃない~意外に身近な水・地下水

皆さんは「地下水」というと、一体なにを思い浮かべますか? 夏でも冷たい井戸水でしょうか。それとも森の奥にこんこんと湧きあがる美しい湧水でしょうか。おそらく「地下水」に対して具体的なイメージをしっかり持っていらっしゃる方は、さほど多くはないと思います。なぜなら、地下水とはその名の通り、私たちの足もとの地面の下に存在するもので、我々が普段目にすることはないからです。

しかし、実際には地下水は我々人間の生活に大きく関わっています。農業や工業に地下水が欠かせないのは言うまでもありませんが、もっと私たちの身近なところにも地下水は利用されているのです。例えば、自動販売機で気軽に買うことができるペットボトルのナチュラルミネラルウォーターは地下水を汲み上げたものですから、もっとも身近な地下水だといえるでしょう。

また水道をひねると出てくる水にしても、地域によっては地下水を使用しているところがあります。東京でいえば武蔵野や調布などは水源の一部に地下水を利用していますし、熊本市などは水道の水源として100%地下水を利用していることで知られています。このように意外に身近なところで利用されている地下水ですが、地面の下という目に見えないところに存在するだけに、一般の方がきちんと理解するのは大変に難しいといえるかもしれません。まして、最近では井戸など見たこともない子、野山で遊んだ経験がない子もいるわけですから、地下水といってもピンと来ないのも無理はありません。身近に感じる機会が皆無なのですから当然でしょう。

私は愛媛の出身なのですが、子どもの頃には母方の実家の玄関先に井戸があり、実際にその井戸水を使って生活していました。そうでなくてもひと昔前の子供たちは野山を駆け回り、自然と戯れることで湧き水の冷たさを知り、山肌から染み出してくる水を見て地下水の存在を肌で感じることができたものです。

私自身そういった体験があったからこそ、はじめは地質学を専攻していたものの、いつしか地層そのものよりもその間に存在する地下水に興味を持つようになり、その研究に没頭するようになったのかもしれません。

現代の日本では水道などのインフラが整備され、生活はどんどん便利になり、それに伴って水の使用量も昔に比べて格段に増えました。にもかかわらず、水のありがたみは逆に薄れ、水源はどんどん人間の生活からかけ離れてしまい、地下水の存在感も希薄になっているように思えてならないのです。

カンボジアのシエムリアップ周辺の井戸で採水作業中
Copyright (C) 蔵治 光一郎

地下水ってどんなもの?~様々な顔を持つ地下水

では、そもそも「地下水」とはどんなものなのか、簡単に説明していきましょう。

地下水とは地面の中の土の隙間に存在する水のことです。ひとことで「地下水」といっても、その地域の降雨量や地層の種類、地形の違いなどによって、地下水の質や量はまったく違います。ミネラルウォーターに硬水・軟水があるように、それぞれの地下水が通ってきた地層や岩盤の質によって味や成分も異なってきます。

地表を流れる川の水の水質や量がそれぞれ違うように、地下水にも様々な表情があるわけです。

皆さんは海岸近くの砂浜を掘って遊んだ経験はないでしょうか。掘っていくうちに次第に砂が湿っぽくなり、やがて水がじわじわとにじみ出てきます。それが地下水なのです。地面の下には粘土のように水を通しにくい粒の細かい地層と、砂や小石のように粒の粗い地層があります。地下水はその隙間を縫うようにして、主に水を通しやすい目の粗い地層の中をゆっくりとより低いところへ流れているのです。

流れているといってもその速度は地形や地質によって様々で、一年に1mも進まないところもありますから、「流れる」というイメージとは程遠いかもしれません。

また、同じ地下水でも二週間前に降った雨が地面に浸み込んだ場合もありますし、何万年も前に降った雨が未だに地下を流れている場合もあります。地下水のもつ圧力が十分に高く、量も豊富な富山県黒部市などには、地下水が井戸から自然に湧き出てくる自噴井(写真参照)がありますが、こういった雨に恵まれた地域では地下水は比較的早いスピードで動き、数十年といった短いサイクルで循環していると考えられています。

自噴井
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一方で、乾ききったサハラ砂漠の下にも地下水はあります。それはサハラが緑豊かだったはるか昔、2~3万年前に降った雨が今も地表から80mほどの地下にあり、ゆっくりゆっくりと動いているのです。

同様に埼玉県中央部や東京都南東部の湾沿岸域の地下200~300m以上の深部にも一万年以上前に涵養された地下水があるのではないか、と考えられています。また、海の底のさらに奥深い地中にさえ、地下水は存在します。おそらくもっと標高の高いところで降った雨が地面に浸み込み、悠久の時を経て海の底の地下に流れ着いたのでしょう。そしてそこからゆっくりとじわりじわりと地下水が浸みだして、少しずつ海に流れ出し、循環しているのです。地下水に対して具体的なイメージが湧きにくいのは、その時間的なスケールが我々人間には想像もつかないほど大きなものだからなのかもしれません。

地球は“水の惑星”ともいわれていますが、実際には地球上に存在する水の大半が塩水であり、淡水はわずか2.5%にすぎません。しかもその淡水も70%近くが氷河などの氷であり、人間が使うことはほとんど不可能な状態です。ということは、この2つの数字からわかるように、我々が比較的簡単に使える液体としての水は、地球上の水の中でわずか0.75%しかありません。そしてそのほとんどが湖や河川など我々の目で見える水ではなく、地下水なのです(図参照)。とはいえ、その総量はかなりのもので、約1100万立方キロと言われています(国連環境計画推定)。もし日本列島と同じ大きさのプールに入れたとすると、水深が3万m近くになるといえば、その膨大な量が想像できるでしょうか。しかも水は循環する資源ですから、こうしている間にも世界のあちこちで雨が降り、新たな地下水が大量に作られています。地球という大きな水の循環システムの中で常に水は巡り、地下水も作られ続けているのです。

世界の水/塩水と淡水の体積と全体に占める割合
Clarke and King(沖 監訳)-2006年
Copyright (C) 徳永 朋祥

よくも悪くも人間は水循環システムの一部である

しかし作られる一方で、消費されていく地下水もあります。植物に吸収されたり蒸発したりすることもありますし、私たち人間もその恩恵を受け地下水を利用させてもらっています。

地下水は地中に均等に存在するわけではなく、偏在しています。地球上には地下水が豊富な地域もあれば、少ない地域もあります。たとえ豊富にあっても海底や山奥にある地下水は人が利用するのは難しいでしょう。

降雨量が多い日本は水資源に恵まれた国ですから、多少人間がその恵みを享受してもそれを上回る豊富な地下水が作られています。

しかしサハラ砂漠では日本とは違い、ほとんど雨が降りません。サハラ近郊のアスワンという街の年間降雨量は3ミリですから、現在ほとんど地下水が作られておらず、地下に眠る水を使ってしまえばなにも残りません。それが地下水には再生可能なものと再生不可能なものがあると言われるゆえんです。

実際にアメリカ中西部のオガララ帯水層というところの地下水は、乾燥地帯であまり雨が降らないにも関わらず、大量の地下水をトウモロコシや小麦を作るのに使用したため、枯渇しかかっているそうです。

しかし、逆に人間の影響で地下水量が増える場合もあります。

例えば日本の地下水量には水田の存在がかなりの影響を与えていると言われています。人の手で河川から水田に水が引かれることで、川から海へと流れてしまうはずの水が田んぼから地中に浸み込み地下水となっているのではないか、というのです。だとすると人工の産物である水田も日本の豊かな地下水を支えている一つの柱となっているのかもしれません。

※帯水層:ある地域に分布する地層のうち、十分な量の地下水を通すことができ、また、経済的に十分な量の地下水を生産できる地層のこと。

スイスアルプスのChaschauna谷での湧水調査の途中で地形を確認
Copyright (C) 徳永 朋祥

また、量だけではなく、地下水の質にも人間は大きな影響を与えているといいます。皆さんは「窒素飽和」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。これは人間の影響で、森の栄養源である窒素が森の土壌に過剰に供給されてしまう状態を指しています。その窒素飽和が森の土壌だけでなく、河川や地下水の水質にも大きな変化をもたらし、生態系にも大きな影響を及ぼしているのです。

こうしたことからも、いまや人間の影響を抜きに水の循環システムを考えることはできないといっていいでしょう。よくも悪くも人間は地球の水循環システムの一部となっているのです。ですから今後私たちに求められるのは、地球に存在する淡水のほとんどを占める地下水のことをきちんと理解し、そのうえで様々な立場の人々が皆合意できるような形で地下水をコントロールしていくことではないでしょうか。それは水をめぐる自然環境を守ることにもつながりますし、人間社会の持続を可能にするということにもつながるはずです。そのためにも地下水をはじめとする自然の中に存在する水を人間の暮らしと切りはなすのではなく、身近な自然の恩恵として受け取れるように人々の、特に未来を担う子供たちの水に対する意識を高めていく必要があると思うのです。

「20世紀は石油の世紀だったが、21世紀は水の世紀だ」と言われています。その21世紀を担う子供たちに目に見えない水である地下水を正しく理解してもらうよう手助けするのが、私たち地下水にまつわる研究者や水に関わる企業の努めなのかもしれませんね。

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Copyright (C) 徳永 朋祥

バックナンバー

  • 第1回 地球をめぐる水を追う「水の循環の科学」
  • 第2回 水と森と人の共生を目指す「森と水の科学」
  • 第3回 “水の世紀”を担う子供たちにこそ知ってもらいたい
  • 第4回 “青い水の惑星”だけが地球の姿ではない!?
  • 第5回 世界の水問題を解決するのは“適正な技術”と“水の知”である。
  • 第6回 生命の源であり、命を育んできた水- その”水”が未来のエネルギー問題を解決する

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